コラム

【作曲家】音楽界の異端児・サティの愛した「家具の音楽」とは

作曲家

サティの生涯

本名:エリック・アルフレッド・レスリ・サティ

サティは1866年フランスの港町に生まれました。6歳でパイプオルガンに興味を持って教会に入り浸ったのが音楽の始まりです。13歳で名門音楽院に入学しましたが、保守的な雰囲気になじめず、サティは「学院で最も怠惰な生徒」と評されていました。サティ自身も退屈だという理由ですぐに中退し、酒場のピアニストとして働き始めました。伝統に縛られない自由な作風は人気を呼び、ピカソなどの芸術家を惹きつけました。
クラシック音楽界では異端児、現代音楽ではルーツのひとつとされるサティは、59歳でなくなるまでに数多くの作品を残しました。

サティについて

サティは変人中の変人

サティの変人エピソードは多数残っていますが、特に音楽においては顕著です。自身の楽曲には「犬のためのぶよぶよとした前奏曲」「胎児の干物」「裸の子供たち」などの奇妙な名前をつけて発表したものが多く残されています。
また1分弱のテーマを840回も繰り返させる「ヴェクサシオン」は、演奏時間が18時間にも及ぶ楽曲で、世界一長い曲としてギネスに認定されています。「あらかじめ心構えを」と注意書きをしていながら、曲名「ヴェクサシオン」の意味は「嫌がらせ」であり、実際演奏者に幻覚を起こさせるほど長い曲と言われています。

サティに関係する作曲家

サティは同年代の作曲家・ドビュッシーと親交がありました。サティは30年もの間、毎週ドビュッシーの家に遊びに行っていたとされ、ふたりで世間話や音楽談義、芸術の話をしながらゲームや釣りをしていたそうです。ドビュッシーは既に名の知れた音楽家でしたが、サティは当時まだ評価されていなかったため、周囲からは2人の関係を不思議がられていました。

サティが作る楽曲は「家具」

サティは、生涯「家具の音楽」というテーマを掲げて室内楽曲を制作しました。これは家具のように、日常を妨げず意識的に聴かれない、生活の中に溶け込むような音楽を目指したものです。
「家具の音楽」とは現代で言うBGMの発端の思想であり、サティ自身もコンサートの休憩中に演奏を試みて、「休憩時の音楽は聴かないでください」という旨の注意書きを書きました。ちなみに、観客は休憩中の演奏を静かに聞き入ってしまったため、この「意識的でない音楽」の試みは失敗に終わったようです。

代表的な作品

ジムノペディ(楽曲情報:ジムノペディ第1番、ニ長調、1888年)

サティの代表曲のひとつであるジムノペディは、これまた背景が特殊な楽曲です。
「ジムノペディ」の由来は、古代ギリシャで行われたにぎやかな裸の祭典「ジムノペディア」です。しかしジムノペディの曲調は、落ち着いてゆったりとした、浮世離れしたもの。このギャップは、サティが祭典の様子が描かれた壺を見て、その静けさにインスピレーションを得て作られたから起こったものです。「ゆっくりと痛ましげに」という速度の指定も独特で、サティらしさの詰め込まれた楽曲と言えます。
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